読書 死ぬのはやめる太宰治

太宰治作品の中で、死ぬのをやめるシーンを抜粋します。(リンクは青空文庫

 

太宰治 トカトントン

死のうと思いました。死ぬのが本当だ、と思いました。前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻ごまつぶを空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。
 ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌かなづちくぎを打つ音が、かすかに、トカトントンと聞えました。それを聞いたとたんに、眼からうろこが落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私はきものから離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持で、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私には如何いかなる感慨も、何も一つも有りませんでした。

 

太宰治 葉

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

 

以上です。