漱石に教師聖職者論的な話があったので引きます。
「校長は時計を出して見て、追々ゆるりと話す積だが、先づ大体の事を呑み込んで置いて貰はうと云つて、夫から教育の精神について長い御談義を聞かした。おれは無論いゝ加減に聞いて居たが、途中から是は飛んだ所へ来たと思つた。校長の云ふ様にはとても出来ない。おれ見た様な無鉄砲なものをつらまへて、生徒の模範になれの、一校の師表と仰がれなくては行かんの、学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい人が月給四十円で遥々こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩の一つ位は誰でもするだらうと思つてたが、此様子ぢや滅多に口も聞けない、散歩も出来ない。そんな六※[#濁点付き小書き平仮名つ、265-6]かしい役なら雇ふ前からこれ/\だと話すがいゝ。おれは嘘をつくのが嫌だから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思ひ切りよく、こゝで断はつて帰つちまはうと思つた。宿屋へ五円やつたから、財布の中には九円なにがししかない。九円ぢや東京迄は帰れない。茶代なんかやらなければよかつた。惜しい事をした。然し九円だつて、どうかならない事はない。旅費は足りなくつても嘘をつくよりましだと思つて、到底あなたの仰やる通りにや、出来ません、此辞令は返しますと云つたら、校長は狸の様な眼をぱちつかせておれの顔を見て居た。やがて、今のは只希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知つて居るから心配しなくつてもいゝと云ひながら笑つた。その位よく知つてるなら、始めから
(傍線部は引用者。これが教師聖職者論?)
以上です。